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コメントの投稿対象: 故有事

"秋はどうして物悲しい?"

2 コメント -

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匿名 匿名 さんは書きました...

世界は狭くなってしまったけど、自然の摂理からみたらとても広いと思いますね。

アフリカにもひとっ飛びで行けるけど、同じ遺伝子をもつ人間なのにカラーも体付きも違う。

これはやはり自然や環境の違いが作り出したものでしょう。

それから考えても、社会のありようはもう少し足元を見つめなおすことから始めた方がいいように思います。

たぶんですが、ほんとうに好きな心の落ち着く故郷に住んでいるなら、秋はものがなしくないかもしれませんね。

2008年10月6日 22:05

Blogger fukuda, fumio さんは書きました...

ぼくはサルを含む哺乳類をみてきたので、どうしても、自分を見つめる場合でも、動物学的な方法を用いて考えたいと思っています。

「物悲しい」のは、気持ちの問題なのですが、それを動物学的手法を用いるには、「物悲しい」気持ちを表す、行動や生理がどのようになっているのか明らかにしなければいけません。
生理や生化学的分析はぼくの専門外ですので、生態・社会学的な分析ができないものか?と考えております。

環境が形態ばかりでなく、住む家や思考、自然観までも変えてしまう。

日本の海や森の自然と四季が日本人の思考を形作っていることは間違いない。

ぼくの自然観も冬の荒涼とした東北海道の自然から培われたものであることは間違いない。

そこで、「ほんとうに好きな心の落ち着く故郷」というのは、どいうことでしょうか?第2、第3、第4の故郷なりがあるということ?

この問題はそのうち、じっくり呑みながら話した方が良いのかな?でも、いつもワーッと騒ぎながら呑んでしまう。
「いつまでも学生の時の呑み方だ」と連れ合いから批判されます。
この頃は、呑んだ翌日は落ち込むことが多くなった。

2008年10月7日 9:55

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