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故有事
"お酒大好きは遺伝だ!"
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父親は小学校の教員をしていた。
年に何回か、師範学校時代の友人の服部先生が我が家に遊びに来た。
この先生はお袋が女学校を出て最初に努めた小学校の同僚でもあった。
はじめは釧路市内の学校であったが、ぼくが知っている服部先生は当時は郡部と言われた
釧路郊外の大楽毛、桜田の学校の校長先生であった。
親父と服部先生は酒を飲みながら碁を打つのであった。
酒の強い親父が碁では勝っていたようだ。
服部先生は、酔い潰れてそのまま寝てしまうことも何度かあった。[Image]そんな服部先生の家には、小さい時から子供たちで、あるいは家族で遊びに行った。
春の雪が溶けはじめた頃に雪の中から真黄色の花を咲かせるフクジュソウを見に!
あるいは、山菜のアイヌネギやコゴミを積みに!
サクラの花を見に!
日帰りすることができたので、泊まった記憶はないが、お昼を食べたことがあった。
その中で、今でも鮮明な記憶として残るのは、おばあさんがいつも袋貼りをしていたことだ。
当時、八百屋や雑貨屋で買い物をすると必ず、紙袋に買った物を入れて渡してくれた。
その紙袋は新聞紙であった。その頃の我が家は、お袋は学校を辞めて幼稚園の雇われ園長であり、親父は小学校の教員を続けていた。
二人働いているにも関わらず、食事は質素なものでありいつもヒモジイ思いをしていた。腹一杯食べられるのはカボチャやジャガイモであった。ご飯は嫌いであった。外米であり、時々小石が混じるので、それが嫌であった。
今でもカボチャやジャガイモは大好きである。覚えていることがある。我が家は両親と兄妹とカリエスのため我が家に同居していたミッチャン(お袋の妹)がいた。リンゴ一個を食べるのに、6人で分けてたべた。
ぼくはリンゴの皮と芯をもらった。その方が量が多いからだ。そういう貧しい時代を、学校から帰ってきて、すぐウィスキーのオンザロックにして飲み始めたら、思いだした。
親父は酒好きだったが、ぼくのように毎晩飲んではいなかった。
今の時代は、ぼくのような人間でも毎晩飲める時代だ。今の時代に生きている幸せを感じている。
投稿者: fukuda, fumio、時刻:
18:17
、日付: 2011/11/07
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