Anmelden
Google-Apps
Hauptmenü
コメントの投稿対象:
故有事
"哺乳類の気配 Sign or hint of mammals."
まだコメントがありません。 -
1 – 0 / 0
竹蔵丸に乗っての釣りを終え、釣れた獲物を料理屋「大松」に預け、 ぼくらは山を目差した。 Yabe車には、ぼくとやまぼうしさんとSakaiさん、take隊員車にはk-ta隊員とisa隊員である。 take隊員車は先に行ってしまう。ぼくは白銀林道に行ったものと思ったが、Sakaiさんは星ヶ山見晴台に行ったと思うと云う。take隊員が「上だ、隊長が知っている所」と云いながら車を出したのだ。 星ヶ山見晴台にはtake隊員たちはいない。で、白銀林道に行く。いない。 携帯が通じた。なんと、奥湯河原にいるのだ。 そのまま、白銀林道を行く。未舗装のでこぼこ道で、 左右の木々の枝や生い茂った草を分けるようにYabe車は進む。 白銀橋を過ぎ、ようやく頼朝が隠れたとされる「しとどの窟」の入口に辿り着く。 [Image] が、林道の鉄の門が閉まっている。 が、Sakaiさんとやまぼうしさんは二人下りて、慣れた手つきで門を開ける。 椿ラインと名付けられた県道を下り、奥湯河原に出たところで、take隊員から電話がある。 大堰堤付近で、ヌマダイコンを見ているようだ。 ようやく、再会だ。 お日様があたる大堰堤の上でお昼にする。 サルの尻を追っていたときは、堰堤の上から足を投げ出して座ったものだが、、、、、。 道路と堰堤の際のコンクリートの上にアケビのタネだらけのテン糞が、この日もあった。 この辺りを行動域にするテンにとって、どうしても匂い付け(scent marking)したくなる場所なのだ。 [Image] 昼食後、少し歩き回ってみることにする。 ん?何の跡かな? [Image] 穴が掘られ、水が溜まっている。 辺りの木々の葉に泥が飛び散っている。 他に2、3ヶ所このような場がある。 サルがいた時は、この辺りの粘土は土食と云ってサルたちが食べたものだ。 どうも、ここはイノシシのヌタ場のようだ。 [Image] この付近にサルの気配がなくなったのは残念だ。 天昭山神社の裏山深くに生息していたサルたちを、堂守がサツマイモで餌付けして、2、3年かけてしだいに神社の境内まで引っ張ってきた。その時は50数頭であったようだが、それが120頭を越え、ミカンに被害を出すようになった。 そんな訳で餌付けが放棄され、天昭山群はちりじりになってしまった。 時代が餌付けを必要とし、時代がサルを害獣へと追いやった。 全て、ぼくら人間がサルや自然を思い通りにしようとした結果である。 自然に対して真摯な気持ちにならなければ、とんでもないしっぺ返しを受けるかもしれない。
投稿者: fukuda, fumio、時刻:
8:21
、日付: 2013/11/02
コメントの投稿
<b>, <i>, <a>
などの一部の HTML タグを使用できます
コメントの管理を有効にしました。 コメントはブログの所有者が承認するまで公開されません。
ログイン情報を選択
Google アカウント
コメントを送信すると、ログイン画面が表示されます。
名前/URL
Google アカウントを使用してコメントすると、後で自分のコメントを管理できます。匿名でコメントした場合は、後でコメントを編集したり削除したりすることはできません。
ヘルプ
名前
URL
匿名
Google アカウントを使用してコメントすると、後で自分のコメントを管理できます。匿名でコメントした場合は、後でコメントを編集したり削除したりすることはできません。
ヘルプ
"哺乳類の気配 Sign or hint of mammals."
まだコメントがありません。 -